| 仙台(みやぎ)の名産品・おみやげ |
こちらでは仙台(宮城)の名産品やおみやげをいろいろと紹介したいと思います。 仙台観光の記念に! 仙台から転勤する方への記念品に! などなどいろいろなシチュエーションで使えるものをご紹介しますね。
みちのく特有の伝統ある工芸品と言えば“こけし”です。 こちらでは宮城県で作られているこけしをご紹介します。
1.こけし
◎歴史
こけしの誕生は18世紀のはじめ、江戸時代は文化文政の頃と言われています。 こけしを作っていた工人は、その昔木地師とか、ろくろ師といわれていた人々で、本来お碗やお盆などの日用品を作っていました。
当時の農村では、秋の収穫が終わった後の農閑期に一年間の疲れを癒しに近くの温泉地に湯治に行くという習慣がありました。 そうした湯治場の近くに住む木地師たちは、こけしや独楽などの木地玩具を作っては湯治客相手のみやげものとして売るようになったというのが起源のようです。
このように始めは子供のおもちゃとして作られたこけしですが、明治の中ごろからは湯治場も盛んになり、それに伴ってこけしの木地や描彩も精巧になりこけしは子供の玩具から、大人の趣味や鑑賞にも堪えうる工芸品へと発展していったのです。
宮城には東北を代表するこけしの系統がありますのでご紹介します。
宮城以外のこけしの系統については こちら
◎鳴子こけし
宮城県の北の方山形県との境にある鳴子温泉発祥のこけし。
鳴子こけしは、首を回すとキイキイと鳴ることで有名です。 これは頭部を胴の部分にはめ込む独特の技法が用いられているためです。 模様は「重ね菊」といって、横から見た菊の姿を重ねて描くものが代表的なものです。 頭部には御所人形に見られるような前髪が描かれています。 この前髪の根元にあたる所を赤い飾りで結んで後方に垂らしているのが特徴となっています。

◎遠刈田こけし
宮城県の蔵王山のふもとにある遠刈田温泉発祥のこけしです。
遠刈田こけしは、頭部が比較的大きく胴が細めになっています。 施される模様は、手描きの花模様が中心で、菊花や梅模様、木地模様などが見られます。 頭部は赤い放射線状の模様が、頭頂と額からびんにかけたあたりに描かれるのが大きな特徴で、微笑をたたえているようなやさしい表情が大きな魅力になっています。 見栄えもよいので贈答用には小四郎はこのこけしを一番におすすめします。
遠刈田系伝統こけし 佐藤一夫作 両面こけし 三椿&三牡丹

◎弥治郎こけし
宮城県白石市から山奥に入った鎌先温泉そばの弥治郎部落発祥のこけしです。
弥治郎こけしは、ロクロによる太い幅の色彩で彩色されています。 頭部は差し込み式で、胴に比べて大きくなっており、胴の中央部にくびれをつけたものもあります。 模様はロクロ線を組み合わせたもの、着物を表現したもの、蝶や花をあしらったものがあります。 頭部にはロクロによる二重、三重の輪が描かれ帽子をかぶったように見えるのが大きな特徴です。

◎作並こけし
仙台市の作並温泉発祥のこけしですが、作並系こけしについては、明治年間40年ほど土地の木地業が途絶えたこともあって、明治以前のことはまったくの謎に包まれていました。 ところが「岩松直助文書」が発見され、幕末期の作並木地業とこけしの実態が明らかになり、さらに他のこけしとこけし工人の系譜などが解明されました。 この文書から作並が最も古いこけしの産地のひとつであることも判明しました。
現在、作並こけしはカニの横這いと称される特色ある菊花模様ですが、これは、古い時代の作並こけしを基にしたものだと伝えられています。 頭が大きく胴が細い形態が基本で、これはこけしが子供の手遊び人形とされていた名残です。

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息子小五郎作
出来栄えは?
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遠刈田には、昭和59年5月に開館したモダンな建物のみやぎこけし館があります。1階は展示コーナーで、全国の伝統こけし、木地玩具5000点が系統別に分かりやすく展示されており、実演コーナーや販売コーナー等もあります。 2階には体験コーナーがあり、遠刈田を訪れた思い出にこけしの絵付けをする楽しみもあります。 左のこけしは郊外学習でこけし館にて息子が絵付けをしてきたこけしです。
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2.仙台箪笥(せんだいたんす)
箪笥の歴史は小袖が出てくる江戸時代は元禄の頃からはじまるが、仙台箪笥の完成は幕末の頃と言われています。 その始まりは、いわゆる女性向のものではなく、羽織を折らずに入れること、刀を入れることを目的とした男持ちの箪笥として生まれました。 幅4尺、高さ3尺、奥行き2尺5寸とされ、貴重品収納のために一部に片開きの開き戸が付いている物が基本で、「爺呂箪笥(やろうたんす)」と呼ばれていました。 箪笥の外側の木地は十数年も乾燥させたケヤキの一枚板で、引き出しの内部は桐で作られています。 表面のケヤキ杢板は「仙台木地呂塗」で木目を生かした仕上げとなっており、飾り金具が四隅と正面に配置されています。
このように仙台箪笥は凝った造りになっているため、価格も高めですが、最近はインテリアとしても置いておける小物入れなども作られていますので、こちらはご贈答用としても、自分用としても満足いただけるものではないでしょうか。
仙台民芸小箪笥 片開小箪笥
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3.仙台平(せんだいひら)
仙台平は、シワになりにくく耐久性があることから袴地や能装束などに古くから使われてきた高級絹織物です。 その歴史は仙台藩五代藩主吉村のときに京都から招いた西陣の職工小松弥右衛門に始まります。 初代弥右衛門は、御織物師として伊達家に抱えられ、今の西公園の裏手に工場を設けて藩公や奥方の衣類を始め藩所用の高級織物を織り出していました。 現在、工場は小四郎の近所の広瀬川河畔にあり、財布や名刺入れなど手ごろな製品が人気を博しています。
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4.玉虫塗(たまむしぬり)
昭和初期に仙台で考案された高級漆器で、漆地から浮かび上がる繊細な絵柄が特徴です。 玉虫塗りという名の由来は、漆地の下に蒔く銀粉が玉虫の羽根のような光沢を醸し出しているので名付けられました。 ここでは、人気の政宗の兜柄の文庫(A4サイズ対応)をご紹介します。
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5.堤人形(つつみにんぎょう)
堤人形は、仙台で生まれ育った土人形です。 京都の伏見人形とならんで有名な土人形で、西の伏見、東の堤と呼ばれています。 その歴史は、江戸時代の元禄の頃にさかのぼります。 江戸から仙台に下って杉山焼(堤焼)の製造を創めた陶器師上村万右衛門が、仙台藩四代藩主綱村の愛顧を受けて茶器類を焼いた折、玉手崎天神の像や堤町に縁のある天神様を模して土天神などを作り、天神社の祭日に売出して人気を博しました。 これが堤人形の生い立ちといわれています。 堤人形の特徴は錦絵に模して之を土偶に取材したところにあり、京都の伏見人形の影響を受けながらも、独自の風趣を示し、伏見人形、博多人形、古河人形などと並び称されたものです。 特に浮世絵を人形に写し、柔らかい線と落ち着いた色彩に特徴があります。
現在は、その作風を守る数人の制作者が、魅力ある作品を制作しているだけとなっているので、入荷待ちのものが多くなっています。
堤人形 子供三番叟
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6.松川だるま
仙台地方の旧家を訪ねると、神棚などに大小いくつかの達磨をずらりと並べ祀っているのを見かけることがあります。 これが松川だるまで、藩政時代、伊達藩の松川豊之進の創作したものと言われています。 その後、松川達磨は藩内の小禄の藩士たちの内職として製作されましたが、その技術と構造形式はともに独特なもので、特にその着色と表情とがよく統一され絢爛たる郷土作品としてその地位を保っています。 もともとの達磨は顔は眉毛だけ毛を植え、目玉はガラスを入れてあり、体の部分は赤地に福神や宝船、梅の花などが描かれていました。
仙台の縁起物 松川だるま 1尺
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7.仙台釣竿
仙台竿は、政宗公の時代から、総漆仕上げが伝統的に多く、素材は宮城県内で作り育てた竹林のものを使用しています。
竿の各部ごとに種類を挙げると、穂先には「真竹」を使用し、三枚合せ仕様となっており、これは感度がよく、丈夫で長持ちするという特徴を持っています。 穂先下、穂持ちから元上までは「矢竹」を、元竿には「大名」「鬼篠(女竹)」「淡竹」「黒竹」等の種類を使用しています。
(仙台市若林区南鍛冶町 竿政 の資料より)
全国の釣師の垂涎の的の仙台竿ですが、「鮎の皮膚に針が刺さる感覚がわがる」といわれるほどのもので、政宗公が使っていた仙台竿は戦後、家が2500円で買えた時に、五万円の値で買われたそうです。
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